タイタニック号の例

タイタニック号の悲劇的な運命

「悲劇を呼び起こす」と暗示された惑星エネルギーの真下を航海した、豪華客船タイタニック号の運命を、アストロ・カート・グラフィが解き明かします。

20世紀の幕開けと共に、さらなる産業革新が起こり、人々が富を求めて世界中を奔走した時期に、タイタニック号は造船されました。富をもとめる富豪達のエネルギーと、富豪達に搾取された労働者の苦痛や叫びが充満する1912年4月2日午後8時、タイタニック号は処女航海に向けてドックを離れました。そして、「悲劇を呼ぶ起こす」と暗示されるマースとプルートのエネルギーの真下に向けての航路を直進していったのです。
これは単なる偶然の出来事なのでしょうか?

アストロ・マップは、タイタニック号が造船地ベルファーストから、処女航海に向けイギリス、サウスサンプトンに出航した1912年4月2日午後8時の惑星の位置を描いた、アストロ・カート・グラフィです(*アストロ・カート・グラフィでは、処女航海の為、初めて造船地を離れた1912年4月2日午後8時を「タイタニック号の誕生」としています)。

タイタニック号が背負っていた宿命とは…

タイタニック号は、経度50W14、緯度41N46地点で沈没しました。その地点には、マース(火星)とプルート(冥王星)の二つの惑星ラインが通っています。
赤のクロス(+)が、タイタニック号沈没地点。マースは”衝突”、”爆発” 、プルートは” 破壊”, “死” などを暗示しています。タイタニックの惨事は、まさに、この二つの惑星エネルギーが重なった「最も危険な場所」で起きました!

タイタニック号は、初めて造船地ベルファストを離れた、まさにその時から、”破壊”、”衝突”、”死”、など を意味する惑星エネルギーが渦巻く沈没への道を前進して行ったことになり、この惨事は偶然などではなく、起るべくして起った出来事、と考えられるのです。

では、このタイタニック号の運命は、避けることができなかったのでしょうか?

アストロ・カート・グラフィ(惑星の暗示)を認識することの大切さ

タイタニック号の悲劇も、惑星エネルギーの配置を知り、惑星パワーをうまくコントロールすることによって、回避することが可能だったと考えられます。 タイタニック号が知らずに通り過ぎた 「最も危険な場所」 を事前に知ることによって、その場所を避けたり、あるいは、避けられない場所であれば、細心の注意を払いながら通過することによって、災いを最小限にくいとめることが可能となりえるのです(タイタニック号のように、災難が暗示されている場所を通過しなければならない時でも、事前にその場所が危険だと知っていれば、救命ボートを十分装備し、氷山地点でスピードを落とし、さらに、無線による「氷山多し」の警告に耳を傾けることで、今世紀最悪の海上事故を防ぐことが出来たでしょう)。

災いが目のに立ちはだかっても、恐れることはありません。
災いを暗示する「時、場所」さえ知っていれば、災難は回避できるのです。
つまり、「雨の降る場所と時刻を事前に知ることによって、傘をもって出かけられる」のと同じことなのです。

不幸にも、タイタニック号は、プルートとマースのエネルギーのもつ災いを回避することができず、史上最悪の海難事故を引き起こしました。しかしこの事故の教訓から、私達人類は、身分階級を超えた人命の尊さを知り、海難事故防止の為の法案を作り、より安全な航海へ向けての努力を始めました。タイタニック号の悲劇が技術革新に酔いしれ、技術管理のずさんさ、怠慢さに気付かなかった私達に尊い警告を与えてくれたのです。

もし、あなたが、マース&プルートの惑星エネルギーに直面しなければならないとしても恐れることはありません。この惑星エネルギーは、停滞し、よどんだエネルギーを、まるで、嵐の如く激しい力で一掃し、新たな方向性を与えてくれる”チャンス”のときでもあります。軌道修正いかんで、人生は良くも、悪くも、大きく変っていくことでしょう。